高校生My Project

震災の記憶を後世の人たちに残したい
~3.11復興木碑設置プロジェクト~

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 「どんなに立派な石碑や像をたてても、時代とともに震災の記憶は風化してしまう。
 だから僕は4年ごとに建て替える木碑に住民の思いを刻み込み、建て替えという文化を創って、震災の記憶を伝え残す。」

 はじめまして、マイプロジェクトメンバーの吉田優作です。津波の影響で家が全壊して今は仮設住宅に家族と犬1匹で住んでいます。
 大槌町は東日本大震災の影響で1000人以上の死者・行方不明者を出しました。町も面積のおよそ50%以上が浸水してしまい、中心市街地は壊滅的な打撃を受けました。それでも大槌の人はもちまえの明るさで前に進んでいきました。震災から二年が経ちますが、少しずつではあるけれど復興に向かって確実に前進していっています。

後世の人たちが、地震や津波で悲しい思いをしてほしくない

 震災後、ニュースで昔にも東日本大震災のような災害があったこと、そしてこれからも同じような災害がやってくることを知りました。自然の猛威を目の当たりにして自分の無力さを感じました。けれども自分の中では、「これから大災害を体験する人たちに自分たちのように大切な人を一瞬で奪われるつらさを体験してほしくない」「同じ過ちを繰り返すのは自分たちの世代で最後にしたい」という思いがあり、いろいろな方々と「震災の記憶を伝えるためにはどのような活動をしていけばよいのか」というテーマで話し合いをしていました。そんな時に民俗研究家の結城登美雄さんにお話を伺える機会があり、自分が考えていることを話したところ「碑を木製にしてみたらどうだ?」と意見をいただき、「これなら自分にもできる、絶対に形にしてやる」と思い、「3.11復興木碑設置プロジェクト」を立ち上げました。

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一本目の木碑を建てる大槌町安渡地区。海から近く、大槌の中でも津波の被害が大きい地域です。

もし石碑の言葉を知っていれば、もっと多くの人を助けられた

 木碑はその名の通り木製の碑です。高さは約1m60cmで幅が16cmの木の棒です。最初は石碑にして残そうかと考えましたが、震災前自分たちは石碑に刻まれた言葉に目を通したことがあるのかと振り返ってみると、目を通したことがありませんでした。それどころか石碑がどこにあったのかさえ分かりませんでした。もし石碑に刻まれた言葉を知っていれば、あの日もっと多くの人を助けられたと思います。

4年後に新しい木碑と立て替え、震災を思い出すきっかけに

 津波や地震を経験したその当時の人たちが思いを残そうとしても、石碑だと時代とともに風化し、その地域の風景の一部になってしまいます。一方、木碑は木なので腐敗が進んで石碑のように何百年も残りません。木碑を4年に1度新しい碑に取り換え、木碑を交換するという行為自体を地域の文化にすることで、記憶の風化を防ぎたいと考えています。木碑に刻むメッセージもその地域の人たちが集まって考えることで、震災を経験していない人々が木碑を見たとき、当時の人がどういう思いで作ったのか、どういう言葉を一番伝えたかったのかが理解できると思います。

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安渡地区のみなさんとの話合いの様子

自治会の方の許可をもらい、本格的にプロジェクトがスタート

 初めの一本目を建てる場所の候補として、以前からボランティア活動で交流がある安渡の古学校地区に建てたいと考えていました。古学校地区代表の小国さんに1度相談に行ったところ、「それは行政に任せたほうがいい」と断られ、そこで自分はあきらめかけていました。しかし、他のプロジェクトメンバーから「それくらいであきらめるな」と言われ、「自分たちがすることに意味があるんだ」「ここでやらなきゃ後悔してしまう」と感じて、ダメ元でもう一度、今度は企画書を作成して話に行くことにしました。すると、自分の木碑に対する一生懸命さが伝わったのか、小国さんの気持ちを動かすことができ、2月3日に本格的にプロジェクトがスタートしました。

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安渡地区のみなさんと木碑に刻むメッセージを考えました。

「大きな地震が来たら戻らず高台へ」

 安渡地区に木碑を建てるため、地元の建設会社や製材所などの方々にプロジェクトの説明をしたところ、四年に一度木碑を建て替えることを条件に協力をしていただけることになりました。

 そして2月24日には、木碑に刻むメッセージを決めるため、安渡の古学校地区の皆さんと木碑について話し合う会を開き、議論の結果、「大きな地震が来たら戻らず高台へ」という言葉を木碑に刻むことが決定しました。3月11日に木碑を建てるために、現在準備を進めています。

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木碑の土台にコンクリートを埋め込む作業を手伝いました。

より多くの人に震災の記憶を語り継ぐために

 安渡地区の木碑は、たくさんの方に協力を頂き建造までたどりつきました。しかし、これはまだスタートラインです。より多くの人に震災の記憶を語り継いでいってほしいと僕は考えています。これから半年以内に、大槌町内でもう一つ、大槌町以外の地域で一つ、計2本の木碑を建てたいと考えています。今回は地元の方に建造費の協力を頂きましたが、木碑を増やしていくには資金も必要です。

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最初の木碑建造には、安渡地区の住民やたくさんの企業の協力を頂きました。

 木碑を立てることで震災を経験した自分たちの思いを語り継ぎ、地域の人たちが伝えたい思いを木碑という形で未来の世代と共有することができます。自分はあの日、自然の猛威を目の前にして自分の無力さを感じました。自分が木碑プロジェクトを始めたのは、しっかりと形に残るものになると思ったから。そして「未来に震災の記憶が残せる可能性が少しでもあるんだったら、自分はそれを文化にして残したい」と思ったからです。
 未来の人たちが自分たちのようなつらい経験をしないためには、この震災を永遠に語り継がなければなりません。

このプロジェクトをやり遂げるためには、皆さまのご支援が必要です。ご協力、よろしくお願いします。

このプロジェクトは4月7日をもって寄付受付を完了しました。皆様の温かいご支援、ありがとうございます。

なお、「高校生MyProject」を進めるためのプロジェクト学習全般への寄付は、募集を継続しております。プロジェクト学習の趣旨にご賛同いただいた方は、ぜひご支援をお願いいたします。

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推薦者プロフィール
小国忠義 大槌町安渡 古学校地区
ふれあいドーム会代表

 彼らとの最初の出会いは昨年12月2日。当地区を訪れ東日本大震災の在宅者の避難状況や、今後このような犠牲者を出さないためにはどのようにすればよいのか、そのほかに仮設団地住民との交流会はどのような状態なのか等の話し合いをしました。その話の中で私が感じたことは、地域の将来のために何か力になりたいという彼らの純粋な意欲でした。

 その後何度か話し合いをする中、彼らからの呼掛けで、地域住民の新春交流会が企画され、その際、今後大震災が来たときにいかに犠牲者を出さないか、ワークショップ形式で意見を出し合いました。さらに先日、彼らを中心に話し合いの場が設けられ、3.11のように多くの犠牲者を二度と出さず、震災の恐怖を風化させないために、木碑を建立することに決定したのです。そして現在、木碑建立のために、岩間建設さんをはじめたくさんの地元業者の皆さんの協力の下、優作君主導で安渡地区での木碑プロジェクトは進行中であります。

 彼らとの思いを短くまとめようと思いました。しかし、わずか3か月の交流ですが、震災の被害者でもある彼らからにじみ出る、地域のために力になりたいという思いから一点の曇りもない気持ちが伝わってきたため、短くまとめることができませんでした。安渡は高齢化が進行している地区ですが、彼らの若さを借りながら、ともに将来に向けて前進したいと思います。より多くの将来の世代を震災から守るため、安渡以外の地区にも木碑プロジェクトを拡大していくことが必要です。地域の大人を巻き込みながらプロジェクトを進めていく優作君を、是非みなさまも応援していただけたらと思います。

ご支援をいただいた方は、ぜひメッセージをお願いいたします

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吉田 優作
コラボ・スクール大槌臨学舎
※その他のプロジェクトメンバーは、
こちらをご覧ください

プロジェクトの目標額

400,000

115%

現在の寄付額
461,000
支援頂いた人数
74
募集期間
残り0

このプロジェクトは4月7日をもって寄付受付を完了しました。皆様の温かいご支援、ありがとうございます。

なお、「高校生MyProject」を進めるためのプロジェクト学習全般への寄付は、募集を継続しております。プロジェクト学習の趣旨にご賛同いただいた方は、ぜひご支援をお願いいたします。

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想定している支出

木材費
100,000
制作費
100,000
工事費
100,000
その他
100,000

達成目標

半年以内に、大槌町内と町外に1本ずつ、地域の方と連携し津波の記憶を伝える木碑を建造する