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女川の未来へゴールを届けたい~「サッカー選手」の夢を叶えた卒業生

2017.12.20

カタリバが運営する被災地の放課後学校のひとつ、コラボ・スクール女川向学館。

今年最後の女川向学館ブログでは、佐藤敏郎先生と向学館の卒業生の対談をお送りします。


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女川は小さな町だが、サッカーチームがある。コバルトーレ女川だ。2006年、将来のJリーグを目指して結成された。

市民リーグから参入し、県、東北2部、1部と順調に昇格していた2011年3月に起きた大震災。当然活動はできなくなった。

でも、選手たちは女川を離れず1年間ボランティア活動を続け、2012年のシーズンからリーグに復帰。2016年には東北リーグで優勝。連覇を果たした今年は11月の地域チャンピオンズリーグも勝ち抜いてJFL昇格を決め、町は歓喜に沸いた。

コバルトーレの快進撃は女川の復興の象徴でもある。

このチームに向学館出身の選手がいる。小学校6年生のときに震災を経験した彼は、2017年の春に高校を卒業して、コバルトーレ女川に入団した。

最初のシーズンを終え、そしてJFL昇格を決めたこのタイミングで話を聞いてみることにした。

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■サッカー選手になりたいと思ったのは?

サッカーを始めたのは5歳のときです。兄が女川のスポーツ少年団に入っていたので、自分も始めたんですが、すぐに夢中になりました。

小学低学年のときに「サッカー選手になる」と決めました。中学からはコバルトーレのジュニアユースチームに入り、入団前の昨年はユースチームに所属していました。

■自分のプレーの持ち味は?

とにかくゴールに向かうこと。どんな体勢からもゴールを狙います。

■高校を卒業し、トップチームに入ったのだけど、進路選択は迷わなかったのかな?

「トップチームでやるレベルにはまだまだだ」と思っていたので、大学に進んで4年後に…という選択肢も当然ありました。

でも、いずれトップチームに入るのなら、早いうちから厳しい環境に飛び込もうと決めました。厳しい方が自分を伸ばすことにもなると思ったんです。

■最初のシーズンを終えてどうですか?

プレーの面でも、戦術面でも、すべてレベルを上げなければと思います。でも、高いレベルの中で揉まれるのは自分の望んでいたことなので、すごく充実した日々でした。

■公式戦デビューを果たし、初ゴールも決めたのだよね。

6月、女川でのホーム戦でした。途中出場だったのですが、ピッチに入るとき、サポーターの皆さんが「コール」で迎えてくれて、すごく嬉しかったです。

そのデビュー戦で初ゴールも決めることができました。一生忘れないと思います。今シーズンの得点はその1点だけだったので、早く2点目を獲れるように頑張ります!

女川の人は昔から温かいのですが、震災後、さらにそう感じるようになりました。試合ではもちろん、町の中でも声をかけていただき、ありがたいです。

育てていただいた恩返しの意味でも、町が盛り上がるようなゴールを決めたいです。

■ちょっと話は変わるけど、東日本大震災の時はどうだったの?

小学6年生で、卒業式を間近に控えていました。地震が起きた時は学校にいて、みんなと総合体育館の上の山に避難しました。

自分の家の3軒前で津波が止まり、かろうじて家は残りましたが、ボールを蹴れない日々は辛かったです。

■中学時代に同級生と取り組んだ「千年後の命を守る」活動*は今も続けているの?

はい、続けています。

中学に入学して、最初の社会の授業で「大変なことになった女川に何が必要か」みたいなことをみんなで考えたのが始まりです。自分たちの考えを大人の人たちがサポートして、いろんなことが実現できました。

成人式まで21基建てる目標の「いのちの石碑」も16基まで建ちました。

頑張っているね、なんて言われることがありますが、自分たちで始めた活動なので「やらされ感」がまったくないんですよね。今も10数人が定期的に集まって、活動をしています。来られない人もラインで参加してワイワイやっています。

誰かに言われたわけではなく、自分でやると決めたという点ではサッカーと同じです。これからもずっと続けていきます。

*「千年後の命を守る」活動とは、震災後に女川の中学生たちが社会科の授業をきっかけに始めた防災活動。そのひとつとして、町内の津波到達点付近に「いのちの石碑」を建て続けている。

■向学館に通った期間は?

向学館には中学2年生のときからお世話になりました。

それまではサッカーばっかりで、勉強はまったく手をつけていませんでした。さすがにこれはまずいと思って通い始め、中学3年で大会が一通り終わってからは、毎日のように通いました。

一人ひとりのレベルに合わせて教えてくれるので、驚くほど点数が伸びました。向学館がなかったら高校には行けていないと思います。すごく感謝しています。

また、勉強以外にも色々な体験をさせてもらいました。女子日本代表の永里選手に会えたときは嬉しかったです。

高校を卒業して現在は昼間町内の宿泊施設で働いていて、仕事で向学館に立ち寄ることもあるのですが、何だか懐かしいですね。

(高校の合格を報告に来てくれた時の1枚)

■向学館の後輩たちに一言。

向学館は自分にとってすごく大事な場所です。自分はここで成長できました。

後輩たちにも、目標に向かって時間を大切に使ってほしいと思います。

(向学館の卒業時に将来の夢を書いた1枚)

■そして、コバルトーレはJFL昇格だね。

今シーズン、自分はプレーでチームに貢献できたとは思っていませんが、すごく嬉しかったです。強豪チームを相手に、激戦を勝ち抜いた先輩たちの試合はとにかく凄かった。町民の皆さんもたくさん駆け付けてくださいました。

来シーズンからのJFLでは、各チームにJリーガー級の選手も多くいるので、さらに上のレベルが求められます。自分は相当努力しなければと、気合いを入れています。

応援よろしくお願いします!

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中学時代、将来の夢はと聞かれ、迷うことなく「サッカー選手」と語っていた少年は、精悍な青年に成長し、夢への階段を確実に駆け上っていた。

夢や希望は光のようなもので、それに向かうとき、人はキラキラ輝いて見える。そして、やがて誰かの光になっていくのだろう。

辛いことを「言い訳」にするか「バネ」にするかでは大違いだ。コバルトーレはあの震災をバネにして力に変え、私たちの光になった。

その一員としてピッチを駆け、ゴールを決める彼の姿を、私も夢見ている。

皆さんもよいお年を!