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「震災を風化させない」2度目の建て替え、震災木碑プロジェクト。

2021.3.25

 2011年3月11日。きっとだれもがあの日を忘れることはできないのではないでしょうか。

 

 震災後、多くの方が大槌町に来て復旧復興に向けて活動してきました。地元の子どもたちはその姿を見て、励まされ、自分たちも町のためになにかしたい!という想いを抱きました。その想いを言葉にし、行動を起こし、周りの人を巻き込みながら実現していった高校生たちが三陸沿岸地域にはたくさんいました。そんな高校生たちが一堂に会し、プロジェクトを発表し互いに学び合う場が、全国マイプロジェクトアワード(公式サイト:https://myprojects.jp/)です。今年度は4,800プロジェクト、13,600名を超えるエントリーとなりましたが、初回の2013年度は12プロジェクト18名の参加でした。

 

 マイプロジェクトの始まりは、大槌高校出身の吉田優作さんが起こしたプロジェクトでした。彼が取り組んだのは、震災を風化させないための震災木碑プロジェクトです。

 

▶ 震災の記憶を後世に残す

 

 「震災の被害を二度と繰り返さないために、震災の記憶を残し、後世に伝えるにはどうすればいいのか?」

 高校1年生のとき、優作さんはこの問いに向き合っていました。臨学舎のスタッフや地域の方に相談しながらつくり出したプロジェクトが、『震災木碑プロジェクト』です。

 木碑は石碑と違い、4年ごとに建て替える必要があります。それを地域の行事とすることで、地域の方が継続的に、木碑に刻まれた教訓に触れ、思い出すことができる。そう考えて、プロジェクトを実行に移しました。

 

*『木碑プロジェクト』の詳細についてはこちらをご覧ください。

https://www.katariba.or.jp/news/2017/06/09/9109/

 

▶ 木碑に刻む言葉を考える

 

 今年2021年は木碑を建て替える年です。今年は新型コロナウィルス感染予防のため、地域の方たちが集まることはできませんでしたが、2月28日、高校生を対象にワークショップを行いました。

 大槌高校の復興研究会のメンバー9名が参加しました。

 

 

 ワークショップ当日は、4年前に建てられた木碑に集合し、自治会長から震災当時の様子、木碑に関する説明を受けました。木碑は津波到達点に建てられ、「戻らず高台へ」という教訓とともに、当時の記憶を今に伝えています。

 その後、公民館に移動し、木碑の側面に刻む言葉を考えました。本来であれば、地域の方と一緒に考えるものですが、今回は参加の代わりに、事前に地域の方からいただいたアンケートからキーワードを抽出し、高校生たちが言葉を考えました。

 決まった言葉が次の2つです。これが木碑の両側面に刻まれます。(正面は「戻らず高台へ」という言葉が刻まれます。)

 

『未来 帰らぬ人の想いを背負い 繋いで生きていく』

『日頃から 備えでおくことが 笑顔につながる』

 

*復興研究会:大槌町内での定点観測実施、防災イベントへの参加、避難所で高校生が子どもの見守りを行っていたことから今でも子どもに関わるイベントにも参加しています。

 

▶ 当時の想いを受け継ぐ

 

 自治会長は、木碑プロジェクトを立ち上げた際に吉田さんが作成した企画書をずっと保管してくださっています。ワークショップの日、参加した高校生がそれを音読し、みんなで当時の気持ちを振り返りました。このプロジェクトを立ち上げたときの思い、木碑を通して震災の教訓を継承していくことの大切さをそれぞれが心に刻みました。

 このようにして今回のワークショップは、木碑を建て替えると同時に、昔の高校生の思いを今の高校生に引き継ぐ瞬間にもなりました。

 

▶ 3月11日追悼式にて木碑建て替え

 3月11日に行われた安渡地区の追悼式にて、木碑の建て替えを執り行いました。古い木碑を取り外し、新しい言葉を刻んだ木碑が地区の皆さんへお披露目されました。

 当日は、安渡地区の住民の皆さんが木碑の前に集まりました。中には、ワークショップに参加した高校生たちの姿もありました。追悼式では、自治会長、臨学舎スタッフ、高校生からお言葉をいただきました。

 お話の中では、高校生と言葉を作れたことを喜ぶ声や、木碑を建て替えながら、震災の教訓を繋いでいきたいという強い意志、若い人たちを巻き込んで、後世につないでいくことの意義が語られていました。改めて、地域のことを世代をまたいで考えていくこと、そして、語り継ぐ担い手を増やしていくことの大切さを感じました。 

 

 一人の高校生の思いから始まった、この震災木碑プロジェクトが、大槌高校の高校生と地域の方をつなぐ架け橋になっています。これからも文化として時を超えてこの町に残していけるように、臨学舎も微力ながらお手伝いできればと思います。