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「防災を考えることは生き方を考えること」佐藤敏郎さんインタビュー

2017.6.06

こんにちは。NPOカタリバの高橋奎(けい)です。今回は、「3.11を学びに変える旅」でメイン講師を務める佐藤敏郎さん(以下、敏郎さん)のインタビューをお届けします。震災当時、女川第一中学校(現女川中学校)で国語の教員だった敏郎さんは、大川小学校で娘さんを亡くされています。いつも一緒にプログラムを中高生に届けている敏郎さんが、どのような想いを持って大川小学校に向き合い、そして案内をしているのか聞きました。

▼震災前の敏郎さんについて教えてください
震災前は「歌って踊れる国語教師を目指す」といつも言っていて、その言葉通りよくギターを弾いては歌っていました。学級便りに4コマ漫画を連載したこともあります。特別活動に重きを置いていたので、学級作りや運動会、文化祭のことを先生の研修会で発表などをしていました。

▼3.11前後はどのように過ごされていましたか?
3.11当日は学校の卒業式前日で、学校に残って生徒たちと卒業式の準備しているときに地震が起こりました。

地震後は学校が高台にあったこともあって、たくさんの人が避難してきました。そのときに津波が来ました。流れていく町を見ても現実のものとは思えず、朝が来るのが怖くて夜は一睡もできませんでした。食べ物もないし寒いしで、とにかく必死でした。

13日の昼ごろ津波警報が解除されたので、生徒を親御さんの元に返すことができるようになりました。その最中に、妻と高校生の息子が学校にやって来ました。町の道はぐちゃぐちゃで、家から学校にくるのも大変だったから、「何もわざわざこんな大変な時に来なくたっていいのに」とこのときは思いましたが、そこで「みずほの遺体があがった」と聞きました。津波の到達した場所を考えれば、大川小まで津波がいくはずもないと思っていたので、娘が死ぬなんていう覚悟もありませんでした。ましてや自分の子どもの名前に「遺体」なんてつくなんて思っていなくて、涙も出なかったし、何言われたか全然わからなかったです。次の日、大川小でみずほに会って、15日の夜に遺体を引き取って家に連れて帰りました。いまだに不思議ですが、みずほは目に涙を溜めて泣いているように見えました。

▼なぜ大川小学校に向き合い続けるのでしょうか?
大川小に向き合うことはすごく難しかったです。教育現場で多くの子どもと先生方が亡くなりました。自分はその遺族であり、教員でもあるから、どちらの気持ちもわかるからこそ、なにを言っていいのか・・・。でも、時間の経過と共に大川小で何があったのかを曖昧にしたり、仕方ないよねで終わらせたりするのはいけないと感じ、いろいろな人と対話をしてきました。はじめのうちは、教員だから公で言葉にしづらいと感じていましたが、遺族と教員どちらの気持ちもわかる自分だからこそ、伝えていくべきだと思うようになりました。多くの人と「大川小で子どもたちと先生が亡くなったのはなぜなのか?」ということに向き合っています。あの校庭にいた先生方はみな、子どもたちを救いたいと思っていました。この命は無駄にしてはいけないし、悲しいことがあったねで終わらせたくないと思っています。

▼大川小を案内する中で感じることはありますか?
私は大川小は遺族だけのものではなく、いろんな人が関わりながら考えてみてほしいと思っています。面白いことに、「なぜ救えなかったのか?」ということに対して、建築家だったら建築家として、政治家だったら政治家として、先生だったら先生として、高校生だったら高校生として、それぞれの立場で自分ごととして捉えられることが、たくさんあると感じました。自分で感じたことを対話を通して伝え合えれば、あの日の校庭でも裏山に逃げることができたのかもしれないなと感じています。

▼「3.11を学びに変える旅」を実施する中で思うことを教えてください
人間は失敗したことは避けて通りたいし、向き合いたくないもの。大川小で起きたことはたしかに「悲しくて、悲惨なこと」だけれど、だからこそちゃんと向き合って感じたことをしっかりと対話すると、学びにあふれた希望の話になります。大川小について考えるワークショップをしていると、「マニュアルはあったのか?」という話から始まることが多くあります。しかし、対話が深まるにつれ、3.11だけではなく震災以前のことにも考えが及んでゆき、最後は自分自身の生き方の話になっていきます。きっと防災というものは「生き方の話」だと思っています。高校生にとっても、大川小を自分ごととしてとらえることは、部活やクラスの中、家の中など様々なことにつながっていっている気がいつもしています。なぜあの日に「裏山に逃げなきゃだめだ!」と言えなかったのか。それはきっと日常生活の中で高校生自身が意見を言えない時と同じ気がします。

▼「3.11を学びに変える旅」で印象的だったことはなんですか?
はじめの頃は小学生がたくさん亡くなった話だから、訪れる中高生たちもあまり聞きたくないことだと思っていました。でも実際は、話に耳を傾けながら、時には涙を流しているし、ワークショップでは真剣に議論している。とてもびっくりして、こんなにも真剣に考えてくれるものなのかと思いました。参加生徒から手紙をもらっても、こんなことまで考えていたのかと感じることも多くあります。実施した学校の先生方が、大川小に来る前と後の生徒の変化をたくさん教えてくれていつも嬉しいです。

▼「3.11を学びに変える旅」への想いを教えてください
大川小は悲しくてつらい場所かもしれないけれど、校庭に立って風を感じながら、子どもたちが楽しく学び遊んだ学校があったんだということを想像してほしいです。大川小は様々な議論を経て保存されていくことが決まりました。なぜ残すのか?という理由は大川小に来た人が作っていくことだと思います。これからそれを築いていく、若い中高生に足を運んでもらって、一緒にその意味を対話を通して考えていってほしいと思います。そして自分自身に活かしていく意味でも、大川小について自分の言葉で語っていってほしいなと思います。

この夏も多くの中高生が大川小を訪れます。大川小に向き合うことが未来を拓くきっかけとなる、そんな機会になればと願っています。

【ご案内】
「3.11を学びに変える旅」は現在実施校を募集しております。
[プログラム内容] http://www.katariba.net/class/trip/
[導入事例] http://www.katariba.net/teacher/intro/shounan/
[資料請求] https://goo.gl/forms/zcdYYWzKJNqUcYx53
※詳細は、03-5327-5667(担当:林)までお問い合わせください。

▼6/10(土) 震災後に動き出した高校生との交流会を東京にて開催!
詳細はこちら!
https://www.katariba.net/news/2017/06/23004/

※ご質問等は、03-5327-5667(担当:林)までお問い合わせください。